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松山地方裁判所 平成5年(ヨ)109号 決定

債権者

山本勣

右債権者代理人弁護士

東俊一

今川正章

水口晃

債務者

愛媛県森林組合連合会

右代表者理事

越智伊平

右債務者代理人弁護士

藤山薫

村田建一

主文

一  債権者が債務者に対し、木材部北宇和木材市売場に勤務する雇用契約上の義務を負わない地位にあることを仮に定める。

二  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一債権者の申立て

主文と同旨

第二事案の概要

一  前提となる事実(争いのない事実)

1  当事者

(一) 債務者は、森林組合法に基づき愛媛県内の森林組合等を構成員として設立され、木材の生産及び販売、椎茸の販売等を目的としている特別法人である。

(二) 債権者は、昭和四五年九月債務者の傭員(守衛兼夜警)に採用され、昭和四七年七月以降債務者の職員(雇員)として、松山市内にある債務者の本部(松山市三番町所在、以下「本会」という。)や木材部木材流通センターに配置され、総務部企画管理や指導部の仕事に従事してきた者である。

2  本件配転命令

(一) 債務者の就業規則八条一項には、「職員・雇員・作業員に対し、必要あるときは、異動・転勤・出向を命ずることがある。」旨規定されている。

(二) 債務者は平成五年四月一日、就業規則八条一項に基づき債権者に対し、木材部北宇和木材市売場に配転を命ずる旨の意思表示(以下「本件配転命令」という。)をした。

二  争点

債権者は、本件配転命令は、業務上の必要がないのに、債権者の組合活動を阻害する目的でなされたもので、不当労働行為ないし配転命令権の濫用として無効である旨主張するので、その当否(被保全権利の存否)が本件の主要な争点である。

第三当裁判所の判断――その1(被保全権利について)

一  本件配転命令に至る経緯

本件疎明資料並びに債権者本人及び債務者代表者関谷数見の各審尋結果によれば、以下の事実が一応認められる。

1  第一次配転命令に至る経緯

(一) 債権者の労組における役職歴

債権者は、債務者に就職後間もない昭和四七年五月以降、愛媛県森連労働組合(以下「労組」という。)において、副委員長、書記長、委員長(昭和四九年五月から昭和五九年五月まで)等の地位にあり、平成元年五月労組委員長に再任された。

(二) 椎茸不正経理問題に対する対応

(1) 債務者の椎茸部門は、生産者から委託を受けた椎茸を、市場での入札又は業者への示談販売等の方法により販売し、その手数料を得ていた。

(2) ところが、債務者が椎茸部門で、昭和五七年頃から平成元年三月までの間、実際の落札又は買受の前に伝票上の操作により、関連会社である愛媛森連産業株式会社による落札(実際の売買価格より低額の落札)が介在したように装い、実際の落札又は買受価格と帳簿上の落札価格との差額を同社と債務者で分配し、本来生産者に分与すべき利益を不当に取得していたこと(以下「椎茸不正経理問題」という。)が発覚し、平成元年一二月八日には新聞報道までされるに至った。

(3) そこで、債務者は平成二年四月三〇日付けで右問題の責任者として、椎茸部松山椎茸市売場所長であった渡部弘夫(以下「渡部」という。)を懲戒解雇処分にしたのを始め、その他の関係者一一名に対し懲戒解雇(一名)・降格・減給・けん責等の懲戒処分をした。

(4) 労組は平成二年三月二三日、渡部に対する懲戒解雇等の処分に反対する決議を行い、債権者は労組委員長として、渡部が平成二年六月二五日松山地方裁判所に申請した地位保全仮処分申請事件(同裁判所平成二年(ヨ)第八一号)を支援する方針の下に、同事件の疎明資料として、労組委員長の肩書で、右解雇を不当とする内容の報告書を作成し、同裁判所へ提出した。

(5) 債権者は、労組の組合新聞やビラ紙上でも、椎茸の不正経理問題が債務者の組織ぐるみで行われていた不正であり、渡部らは上層部の指示に従い、従来から行われていた経理処理を引き続き行っていたに過ぎないとして、その解雇の不当性を訴え、労組も平成二年四月及び五月の時点で委員会を開き、債務者に対し渡部解雇の撤回を求めることを確認した。

(三) 債権者の不信任と労組からの除名

(1) 以上に対し、債務者は、平成二年七月九日付け照会状により、労組に対し、前記報告書の内容が労組としての決議に基づくものか、債権者個人の意見か回答を求めるとともに、労組の各委員に対しても、前記報告書について労組内で決議をしたのか、椎茸不正経理問題を知っているのかにつき、個別に回答を迫った。

(2) このような経緯の中で、労組内部でも、債権者の提出した報告書のために労使関係が悪化したとして、報告書の撤回と債権者の労組委員長辞任を求める動きが広まり、藤本悦雄副委員長らは、平成二年八月一七日緊急委員会を開催し、委員長(債権者)不信任の決議をする一方、同年八月二二日付の債務者からの再度の照会に対し、「前記報告書は、労組の決議によるものではなく、債権者個人の見解である。」とする回答をし、更に同年九月二五日労組の臨時総会を開催し、組合員七九名のうち七三名の賛成を得て、新委員長に毛利武秀を選任するとともに、債権者を労組から除名する旨の決議をした。

(3) 債権者は、以上の労組内部の一連の動きは、労組が渡部に対する懲戒解雇処分に反対し、渡部裁判を積極的に支援することを嫌悪した債務者が、債権者を委員長とする労組の分断を図り、労組への支配介入を露骨に行った結果であると考えている。

(四) 債権者労組の結成・活動

(1) 債権者は平成二年一〇月一日、渡部ほか数名と渡部解雇撤回支援連絡会を結成するとともに、労組の規約を引継ぎ組合活動を行うことを決議し、組合委員長に選任された(以下、この組合を「債権者労組」という)。

(2) 債権者労組は、平成二年一〇月五日愛媛労連に加盟し、渡部解雇撤回を求めるビラ配付や裁判支援活動等を続け、現在に至っている。

(3) なお、松山地方裁判所が平成三年九月二七日、渡部が債務者の従業員の地位にあることを仮に定め、賃金仮払を命ずる仮処分決定を出したので(〈証拠略〉)、渡部及び債権者労組は、債務者に対し渡部の復職を求めたが、債務者はこれを拒否し、渡部に対し同年一〇月一六日付で休職を命じている。

(五) 債権者の処遇

(1) 役職歴

債権者は、昭和五八年四月から総務部計算課長、昭和五九年四月から事業部測量調査課長、昭和六二年四月から指導部(課長待遇)勤務、平成二年四月から指導部金融共済課長を歴任し、平成二年一〇月一日付で金融共済係(平職員)に降格されるまでの間、課長職若しくは課長待遇(管理職)の地位にあった。

(2) 林経協問題と平職員への降格等

〈1〉 債務者は、愛媛県林業経営者協会(以下「林経協」という。)から委託を受け、債務者職員に林経協事務局事務を担当させており、昭和六二年四月から平成二年三月まで債権者に右事務を処理させていた。債権者は平成二年四月一日林経協の事務担当を解かれ、後任者として宇都宮喜佳がその事務を引き継ぐことになった。

〈2〉 債務者は、平成二年六月・七月に林経協の平成元年度事務について特別内部監査を実施し、その結果、債権者が、事業報告書や事務引継目録を作成していなかったことや、一部会費収入を超過する支出をし、それを取り繕うため領収証を改ざんした事実があると判断した。

〈3〉 そこで、債務者は、これらの点につき債権者に説明を求めたが、債権者から納得のゆく説明を得られなかったとして、債権者に対し、(a)平成二年七月一五日昇給とベースアップを停止したほか、(b)平成二年一〇月一日平職員に降格し、(c)平成二年一一月五日から同年一二月三一日までの五七日間、出勤停止の懲戒処分に付した。

(3) 平成三年一月以降の仕事の内容

債権者は、平成二年一一月一日付けで金融共済課勤務を解かれ、副会長付を命じられたが、平成三年一月以降出勤しても机を与えられただけで具体的な仕事を与えられず、ただ座っているだけの状態が続いた。

2  第一次配転命令とこれに対する対応

(一) 第一次配転命令の発令

このような状況の下で、債務者は平成三年四月一日付けで債権者に対し、木材部東予木材市売場(愛媛県西条市飯岡所在)に配転を命ずる旨の意思表示(以下「第一次配転命令」という。)をした。

(二) 債権者・債務者の対応

(1) 債権者は、第一次配転命令は、渡部解雇撤回運動の中心である債権者を嫌悪し、その組合活動に対する報復としてなされたもので、不当労働行為もしくは配転命令権の濫用として無効である旨主張して、平成三年四月、松山地方裁判所に地位保全の仮処分(同裁判所平成三年(ヨ)第四三号)の申請を行うとともに、愛媛県地方労働委員会に不当労働行為救済の申立(愛媛労委平成三年(不)第一号)をし、更に同年九月には、松山地方裁判所に配転命令無効確認を求める本訴(同裁判所平成三年(ワ)第三五六号)を提起した。

(2) 債務者は、右一連の事件において、東予木材市売場については、平成二年度の取扱数量・粗利益が計画に比し激減したため、同市場の実績を伸ばすため人員増加の必要があり、その対象として、過去に木材流通センター勤務の経験がある債権者が適任であったから、第一次配転命令には業務上の必要性がある旨主張した。

3  第一次配転命令についての仮処分決定

(一) 前記債権者の地位保全の仮処分申請事件について、松山地方裁判所は平成三年八月一九日、債務者の主張を排斥し、債権者の主張を概ね認めて、債権者が東予木材市売場において勤務する雇用契約上の義務を負わない地位にあることを仮に定める、との仮処分決定を出した(〈証拠略〉)。

(二) なお、同決定は、その理由中で、前記債権者の林経協の事務にはずさんな点もあったが、一部支出の超過や領収書の改ざんについて、その経緯や金額の程度、債権者の説明に対する債務者の対応等を考慮すると、債権者に対する五七日間の出勤停止等の処分は、重きに失する旨指摘している。

(三) また、同決定は、保全の必要性を認めるについて、債権者が東予木材市売場に勤務することとなると、妻との別居を余儀なくされ、経済的のみならず、肉体的・精神的に苦痛を被ること等のほか、高齢の父親の看護のため北宇和郡広見町の実家と往復することも困難になる、ということを理由として挙げている。

4  第一次配転命令についての仮処分決定後、本件配転命令に至る経緯

(一) 債権者の処遇等

(1) 債権者労組による団体交渉の申し入れ

債権者は、前記仮処分決定後、直ちに、債権者労組の委員長として債務者に対し、就労場所や労働条件等について団体交渉を申し入れたが、債務者側は、債権者労組を正式な組合と認めることはできないなどとして、交渉に応じなかった。

(2) 債権者に与えられた仕事

〈1〉 債権者が本会に出勤しながら団体交渉の申入れを続けた結果、債務者は、平成三年九月一七日債権者に対し、タイムカードと机を用意したから本会に出勤するようにと指示し、債務者の「五〇年史」の編纂を命じたが資料の提供はせず、平成四年一月には部長会議の決定により五〇年史編纂の中止を命じた。

〈2〉 また、債務者は、平成四年二月債権者に対し、「愛媛森連時報の縮刷版」の作成を命じたが、債権者には愛媛森連時報の資料提供を一切せず、その挙げ句、債権者が先輩や友人などの協力で同資料を集めて完成させた製本三〇〇冊を、どこにも配付せずに、現在も林業会館五階休養室に山積みしている。

〈3〉 その後、債権者は、平成四年一一月債務者から林業会館の「貸室利用申込の電話受付」(極く簡単な仕事)を行うよう指示され、その仕事に従事したが、平成五年四月に女子職員に交替し、以後仕事のない状態が続いている。

(3) 債権者の給与・賞与の支給状況

債務者は、債権者の給与・賞与について、平成三年度年末賞与を、平均(基本給の三か月分)の二分の一(約五三万円減)としたほか、平成四年四月一日の定期昇給を、同年度の職員に対する平均昇給率(六・一パーセント)による支給額を約一万円下回る額(月額五〇〇〇円)とし、平成四年夏期賞与も、平均(基本給の二か月分)の約九万円減とする査定をした。

(4) 職場内での孤立化

〈1〉 債権者の職場では、平成四年五月以降債権者に対する外部の電話の取次を一切行わず、職場の回覧文書も債権者を除外して回覧に回すようになったほか、一日三回女子職員が行っている給湯のサービスも、債権者についてだけ行わないようになった。

〈2〉 債権者が債務者に対し、かかる不当な取扱いの是正を訴えたが、債務者は、職場内の人間関係の問題に過ぎないとして、債権者の申し出を取り上げなかった。

(二) 本件配転命令発令直前の裁判の進行状況

その頃、第一次配転命令の無効確認を求める本訴は、証拠調べが進んだ段階で和解勧告がなされ、平成五年四月七日に第一回和解期日が予定されていた。

(三) 本件配転命令の内示から発令に至るまでの交渉経過

(1) 以上の状況の下で、債務者は、平成五年三月二三日総務部長安部昭一を通じて債権者に対し、同年四月一日付けで木材部北宇和木材市売場(北宇和郡広見町所在)に勤務を命ずる旨の転任命令(本件配転命令)の内示をした。

(2) これに対し、債権者は、平成五年三月二四日関谷数見専務理事に面会し、右内示の撤回を求めて抗議をした結果、関谷らは取りあえず、同月二六日に予定されていた愛媛県地方労働委員会の審問手続に、本件配転命令を前提とした人員配置図(新機構図)を提出することは見合わせ、同月二九日債権者に和解の意向を打診し、債務者が債権者に対し和解金として七〇万円ないし一〇〇万円を支払うのと引換えに、債権者は松山地方裁判所に係属している本訴を取り下げる、との和解案を提示した。

(3) 債権者は、右申入れを検討した結果、平成五年三月三一日債務者に対し、右内容では和解に応ずることはできないが、和解への努力は続けたいとの回答をしたが、関谷専務理事は、「前記内容の和解に応じられないのであれば、和解を打ち切らざるをえない。」と発言し、同年四月一日午前九時三〇分頃債権者に対し、本件配転命令の辞令書を交付した。

二  本件配転命令の必要性・合理性について

1  北宇和木材市売場における人員配置の状況

本件疎明資料によれば、北宇和木材市売場は、平成四年度まで所長一名、主任二名の職員構成であったが、平成五年四月一日付けの人事異動により、所長一名、主任四名(うち一名は北宇和木材加工センターと兼務)とし、職員二名を増員したことが認められる。

2  債務者の主張

債務者は、北宇和木材市売場については、平成四年末に現場から増員の要望があり、平成五年中は、林業構造改善事業(国の補助事業)の一環として木材の選別機の導入も予定されていて、将来的に取扱作業・手数等の増加が見込まれた(取扱数量自体は横這いだが、販売単位である「はい番数」を細分化することにより、選別の手数が増加することが見込まれた。)ことから、総合的にみて、市場の整備・強化のため人員増員の必要があったと主張し、人選の合理性について、債権者が地元出身者であり、かつ選別機の導入の申請事務に関与した経験を有していたことから、出荷督励や代金回収等の市場強化に適任であるということや、高齢で病身の父親の看護のため、北宇和郡広見町の実家を訪問する便を考慮したとして、本件配転命令にはその必要性・合理性があると主張する。

3  検討

(一) 増員の必要性について

しかし、本件疎明資料並びに債権者本人及び債務者代表者関谷数見の各審尋結果によれば、次の事実が一応認められ、これらの事実に照らすと、そもそも北宇和木材市売場について、二名もの職員を増員する必要性があったとは認め難い。

(1) 北宇和木材市売場における木材の出入荷の取扱数量自体は横這いであったこと(このことは債務者も認めている)。

(2) 取扱単位の細分化による選別の手数増加についてみても、「はい番数」の増加につき、北宇和木材市売場以外の市場の統計資料が作成されておらず(〈証拠略〉)、北宇和木材市売場についても、平成三年及び平成四年についてのみ統計資料が作成されているに過ぎないため、それがどの程度考慮に値するか一概に判断することができない上、市場の開催頻度からみて、一回の市場あたりの手数の増加はさほどのものとはみられないこと(北宇和木材市売場における「はい番数」は、平成三年度から平成四年度にかけて約二三〇本増加しているが、市場は月三回、年三六回開かれるから、一回につき平均すると、約七本程度の増加となるに過ぎない)。

(3) 今後「はい番数」が増加するとしても、木材を並べる土場の面積や高さに限りがあり、その増加の程度には自ずと限度があること。

(4) 木材の選別作業は、もともと職員の仕事でなく、作業員の仕事であるところ、平成三年から平成五年にかけて、特に作業員の増員が行われた形跡のないこと。

(5) 職員が作業員の仕事を手伝ったり、選別作業等の監督に当たるとしても、北宇和木材市売場については、平成五年中に選別機械の導入が予定されており、近い将来むしろ人員削減の必要すら予測される状況にあったとみられること。

(二) 人選の合理性について

(1) のみならず、本件疎明資料及び債権者本人の審尋結果によれば、次の事実が一応認められ、本件配転命令については、人選の合理性も認められない。

〈1〉 債権者は、木材市売場勤務の経験がなく、自動車運転免許も有していない上、定年を間近に控えており(債権者は平成七年三月末に定年退職となる。)、出荷督励や代金回収の業務等、木材市売場の強化に適任とはいえないこと。

〈2〉 選別機導入事務の大半は、もともと本会の総務部が行っていた事務で、債権者自身、本会総務部勤務中に右事務の一部に関与したことがあるにとどまること。

(2) そもそも、債権者に対し次のとおり嫌悪感や憎悪感を抱き続けている債務者が、本件配転命令の理由として、北宇和木材市売場の整備・強化を図るため、債権者の能力・経験に期待して、債権者を北宇和木材市売場に配転する必要があるといくら主張しても、いかにも空疎であり、取って付けたような配転理由であって、人選の合理性を認めることは困難である。

〈1〉 債務者は債権者に対し、林経協の不正経理を口実に、平成二年一〇月一日付で、金融共済課長(管理職)から金融共済係(平職員)に降格させ、更に同年一〇月一五日付で、同年一一月五日から一二月三一日まで停職に付する旨の懲戒処分を発令し、その後も昇給や賞与の査定面で他の職員とは異なる扱いを続けてきた。

〈2〉 債務者は、平成三年一月以降債権者に対し満足な仕事も与えず、債権者を徹底的に干して職場内で孤立させ、二年間以上もの長期にわたりいわば飼い殺しの状態にしてきた。このような状態は、松山地方裁判所が平成三年八月一九日付で、第一次配転命令が無効である旨の仮処分決定をした後も続いている。

(3) 債務者は、職員の転任サイクルが平均して約四年弱であるところ、債権者は、本会のある松山市以外に勤務した経験がなく、他の職員と比較しても、債権者を人選したことに不合理はない旨主張するが、本件疎明資料及び債務者代表者関谷数見の審尋結果によれば、次のような事実が一応認められ、右債務者主張の事情があるからといって、人選の合理性を認めることはできない。

〈1〉 債務者の職員のうち約三分の一は、勤務地の変更を伴う異動を経験していないこと。

〈2〉 定期異動については、通常その一か月前に職員の希望調査が行われており、従って、平成五年度の異動に応じた者についても、その同意が得られていたと推測されること。

〈3〉 債権者の本会勤務期間が長く、その配置替えを検討することに合理性があるとしても、松山市内には本会以外にも多数の部署があり、債権者としては、松山市内の勤務を希望しているに留まり、あくまで本会に固執する意思であったとはみられないこと。

(三) 小括

以上に検討したところによれば、本件配転命令について、業務上の必要性・人選の合理性は認められない。

三  本件配転命令による不利益について

1  組合活動上の不利益

(一) 不利益の内容

(1) 債権者労組は、渡部解雇の撤回を求めビラを配付し、渡部の従業員たる地位確認の本訴を支援するとともに、債権者自身の処遇の不当を主張し、愛媛県地方労働委員会に対する救済申立てと、第一次配転命令の無効確認を求める本訴の支援を行い、現在に至っている。

(2) これらの裁判若しくは救済申立の審理手続は、いずれも松山市内で行われており、債権者はその活動の中心として、準備・打合せに不可欠の存在である。

(3) 従って、本件配転命令により、債権者が北宇和木材市売場に配属されることになれば、右裁判支援活動が阻害されることは否定できないところ、債権者労組は右裁判支援が組合活動の重要な柱となっている。

(二) 債務者の主張――その1(債権者労組の労働組合性)について

(1) 債務者は、債務者内には毛利武秀を委員長とする労組が存在しており、債権者労組を正式な組合と認めることはできない旨主張する。

(2) しかし、前記認定の事実と本件疎明資料によれば、債権者労組は、少なくとも債権者と渡部の複数の組合員を構成員として有し、労組の規約を引き継ぎ、正統な「労組」として活動を行うことを標榜して、その構成員である渡部に対する解雇の撤回や債権者に対する処遇・配転命令の不当を訴え、複数回にわたり総会を開催し、裁判や救済申立ての支援・準備等の活動を行っていることが一応認められる。

(3) 従って、債権者労組は、組合としての組織を備えているものと認めることができ、その活動は、労働者の権利を擁護し、その団結を志向するものとして、正当な組合活動ということができる(債務者内の多数派組合の活動方針と異なるからといって、少数派組合の組合活動の正当性が失われるわけではない)。

(三) 債務者の主張――その2(有給休暇の付与)について

(1) 債務者は、債権者の裁判活動に必要であれば、有給休暇を与える意向であったから、北宇和木材市売場に勤務することになっても、組合活動上の不利益はない旨主張するが、年次有給休暇の日数には限りがあるから、右主張は失当である。

(2) しかも、債務者が、一方で、北宇和木材市場で木材の選別の手数が増加すると主張しながら、そのような部署に、頻繁に休暇を取る可能性のある債権者を配置する人事を行ったと主張していること自体、不自然・不合理である。

2  社会生活上の不利益

(一) 不利益の内容

本件疎明資料及び債権者本人の審尋結果によれば、債権者は松山市内の自宅で妻と同居生活を送っており、債権者の妻が松山市内で共働きをして生計を支えていることや、松山市から北宇和郡広見町までの所要時間は約三ないし四時間要することから、債権者が本件配転命令に従って北宇和木材市売場に勤務するとなると、妻との別居及び二重生活を強いられることが一応認められ、本件配転命令が債権者に対し有形・無形の不利益を与えることは否定できない。

(二) 債務者の主張(老親の看護・扶養の便)について

(1) もっとも、本件疎明資料及び債権者本人の審尋結果によれば、次の各事実が一応認められ、債務者は、これらの事実から、本件配転命令は、債権者に社会生活上の不利益をもたらすものではなく、債権者も本件配転命令に応ずることを納得していたはずであると主張する。

〈1〉 債権者は、その両親が北宇和郡広見町に居住しており、特にその父親(明治四三年生)が平成三年一月に脳卒中で倒れたこともあって、週末等には様子を伺いに広見町の実家を訪れていたこと。

〈2〉 債権者は、将来、自ら広見町の実家に居住して、農業を引継ぎ両親の面倒をみる予定で、次のような措置をとっていること。

(a) 平成四年一月、広見町の居宅を建て替えた。

(b) 平成四年三月、債権者の住民票の住所を松山市から広見町に移し、世帯主を債権者の父親から債権者に変更した。

(c) 平成四年一一月、広見町所在の農地・宅地につき、父親から債権者への所有権移転登記を受けた。

(d) 平成五年一二月、広見町の居宅につき、債権者名義で所有権保存登記をした。

(2) しかし、本件疎明資料並びに債権者本人及び債務者代表者関谷数見の各審尋結果によれば、次のような事実も一応認められ、前記債務者主張の事実が認められるからといって、債権者が本件配転命令により社会生活上の不利益を受けることは否定し難く、また、債権者が本件配転命令に応ずることを納得していたとは認められない。

〈1〉 前記住民票の移転や家屋の建て替え・登記は、本件配転命令の内示前の事情で、債権者が本件配転命令を受け入れる意思で行ったわけではなく、将来の相続や農業の後継等の問題を考慮し、生前に農地の一括贈与を受ける便宜等から行ったものであること。

〈2〉 債権者名義で新築した建物は、債権者の両親が住んでいた建物を取り壊して立て替えたものであり、債権者の両親も建替費用を負担しており、建て替え後も現在に至るまで債権者の両親が居住していること。

〈3〉 新築建物を債権者名義で登記したのは、債権者の父親名義で登記すれば、いずれ又相続登記をしなければならず、相続税負担の問題が生ずることや、将来は長男である債権者が両親と同居して、その世話をする予定でいることなどから、債権者名義で登記することにしたこと。

〈4〉 債権者は、松山市馬木町に自宅の土地建物を所有し、現在妻とともに右自宅に居住しており、実際に北宇和郡広見町に生活の本拠を移すのは、あくまで債権者の定年退職後の予定にとどまること。

四  不当労働行為もしくは配転命令権の濫用の成否について

1  債務者は、債権者の父親の看護等の便を考慮して、本件配転命令を決定したと主張するが、債権者のこれまでの組合活動や、渡部裁判及び第一次配転命令に対する本訴の係属状況からして、債権者が本件配転命令に応じないことは当然予想されたにもかかわらず、その生活状況(妻との同居関係等)について事前に調査を行い、債権者の意向を考慮した形跡がないことからすると、債務者は、本件配転命令の発令に当たり、債権者の父親に対する看護の便を考慮したというよりも、むしろ、第一次配転命令についての仮処分決定の際、その理由の一つに、北宇和郡広見町在住の父親に対する看護が困難になることが挙げられたことを逆手に取り、同じ北宇和郡広見町に存在する北宇和木材市売場への配転命令であれば、債権者も正面からは争いにくくなり、裁判所も有効と認めるのではないかとの判断のもとに、本件配転命令の発令を決定したものと推測される。

2  そして、これまでに認定・判断したところを総合すると、本件配転命令は、債務者が業務上の必要性もないのに、椎茸不正経理問題に対する債権者の一連の組合活動を嫌悪し、債権者を職場内で孤立させ、同調者に対する見せしめとするとともに、債権者労組の組合活動を妨害する目的で行ったものと認められ、その結果債権者の受ける不利益の程度に照らすと、本件配転命令は、不当労働行為であるとともに、配転命令権の濫用として無効というべきである。

第四当裁判所の判断――その2(保全の必要性について)

債権者は、本件配転命令発令後、その配属先及び仕事の内容が決まらず、定年退職を間近に控え、職場において著しく不安定な地位に置かれており、本件配転命令に従って北宇和木材市売場に勤務するとなると、債権者労組による組合活動が困難になるばかりか、松山市内に勤務する債権者の妻との別居生活を余儀無くされ、松山市と広見町との間を三ないし四時間かけて、頻繁に行き来しなければならなくなるなど、有形・無形の不利益を受けるものと認められるから、本件仮処分の必要性も認められる。

第五結論

以上の次第で、本件仮処分の申請は理由があるから認容し、申立費用の負担につき民事保全法七条・民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 細井正弘 裁判官 関口剛弘)

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